環境エピゲノミクス研究会(EEG) ネットシンポジウム 2022(春季) 講演要旨

 

招待講演:哺乳類におけるレトロトランスポゾンのエピジェネティック制御機構

一柳健司(名古屋大学大学院生命農学研究科ゲノム・エピゲノムダイナミクス研究室)

 

レトロトランスポゾンは逆転写を介してコピーを増やす転移性因子で、哺乳類のゲノムには数百万コピーに及ぶレトロトランスポゾンが散在しており、ゲノムの40%以上がレトロトランスポゾン由来の配列です。遺伝子を解析していた時代は気にしなくても良かったのですが、哺乳類のゲノムやエピゲノムを解析するとなるとレトロトランスポゾンの知識がないとデータの半分を捨ててしまうことになります。本講演ではレトロトランスポゾンとはどのような配列であり、どのようなエピジェネティック制御を受けているのかについてお話しします。さらに、この配列群によってゲノムやエピゲノムがどのように進化してきたのかということについての研究成果も紹介します。また、講演タイトルとは少し離れますが、私たちが今取り組んでいる「父親糖尿病のエピジェネティック遺伝」に関する研究についても紹介したいと思います。

 

略歴:

大阪大学理学研究科(博士課程)にてタンパク質のX線結晶解析の研究を行い、2000年に学位取得。その後、米国NY州保険省Wadsworth Center研究所(ポスドク)、東京大学分子細胞生物学研究所(ポスドク)、東京工業大学生命理工学研究科(特任教員)、国立遺伝学研究所(助教)、九州大学生体防御医学研究所(助教、准教授)を経て、2016年より名古屋大学生命農学研究科(教授)。渡米してレトロトランスポゾンの研究を始め、その転移機構、転写制御機構、エピゲノム進化における役割について研究を進めてきた。これらの研究に対して2012年に日本遺伝学会奨励賞を受賞。2015年よりMobile DNA誌、2016年よりGenes and Genetic Systems誌のエディターを務める。2013年から5回にわたり転移因子研究会を主宰(継続中)。

参考:研究室ホームページ http://nuagr2.agr.nagoya-u.ac.jp/~ged/index.html

セコム科学技術振興財団でのインタビュー記事(父親糖尿病のエピジェネティック遺伝)

https://www.secomzaidan.jp/ippan/interview/medical/ichiyanagi/index.html

 

 

基幹講演1:生殖系列で発生する突然変異の解析

内村有邦 放射線影響研究所 分子生物科学部

生殖系列で発生する突然変異は、遺伝病の発生や生物進化を理解する上で重要である。私たちは、16年間、マウスの兄妹交配を繰り返し、最大53世代が経過した変異蓄積マウス系統を樹立している。最新のシーケンシング技術を利用すると、ゲノム全域での発生する突然変異を捉えることが可能である。本講演では、私たちの最近の研究結果を紹介するとともに、生殖系列における変異研究の今後の展望について、エピゲノムへの影響なども含めて議論したい。

 

略歴:

2002年3月 東京大学薬学部 卒業

2004年3月 東京大学 薬学研究科 修士課程 修了

2008年3月 大阪大学 生命機能研究科 八木健研究室で 理学博士を取得し、その後も八木研究室で、特任研究員、助教などを歴任。

2017年4月からは、放射線影響研究所 分子生物科学部 分子遺伝学研究室 室長

 

基幹講演2:エピジェネティック活性をもつ化学物質の影響評価と新たな環境リスクの予防策

曽根 秀子 (横浜薬科大学)

 

胎児期の化学物質によるDNAメチル化の調節不全は、先天性および経世代影響を引き起こします。妊婦とその胎児が多種多様な物質に広くさらされているため、ヒト胚発生モデルを使用してエピジェネティックな毒性物質を包括的に特定する必要があります。我々は、ヒト人工多能性幹(hiPS)細胞ベースのグローバルエピジェネティック変化を検出するアッセイを開発しました。これは、メチルCpGに結合するMBDを結合したGFPを持つiPS細胞を使用してエピジェネティックなエピ変異原を検出するスループットシステムです。MBD蛍光シグナルインジケーターを使用して、既知の心毒性と発癌性を持つ135の化学物質を調べ、グローバルなDNAメチル化の程度を反映するMBDシグナル強度に従って分類されることを発見しました。特に興味深いのは、高活性MBDシグナルを伴う化学物質が、細胞周期に関与する遺伝子のDNAメチル化および発現に対する影響と強く関連していることでした。このような簡易検出系は、未然予防の観点から、世代を受け継いで刻印される影響を有する物質の把握のために有用であると考えられます。

 

略歴

1994  国立環境研究所環境健康部 科学技術庁科学技術特別研究員  

1995  国立環境研究所 地域環境研究グループ 主任研究員

2002  米国国立環境健康科学研究所 環境毒性学プログラム  客員研究員

2005  独立行政法人国立環境研究所 環境リスク研究センター 主任研究員

2013  国立研究開発法人国立環境研究所 環境リスク・健康研究センター 室長

2018  横浜薬科大学薬研究科 環境健康・予防研究ユニット 教授

 

基幹講演3:環境要因によるエピゲノム撹乱と発がんへの関与

服部奈緒子 (国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野)

 

エピゲノム修飾が過剰または過少になるエピゲノム異常は、がんの発生・進展の原因となっているだけでなく、アレルギー、自己免疫性疾患、2型糖尿病など多くの疾患に関与することも報告されています。一方で、突然変異やエピゲノム異常は、一見正常に見える組織の上皮細胞において蓄積しており、「発がんの素地」を形成しています。我々はこれまでに、慢性炎症が上皮細胞にDNAメチル化異常を誘発すること、その異常の蓄積量が将来の発がんリスクと相関することを明らかにしてきました。最近、胃の線維芽細胞においても、加齢と慢性炎症によるDNAメチル化異常、低酸素によるH3K27アセチル化の上昇を見出しました。このことは、内因性および外因性の環境要因や化学物質への生体反応が、正常組織エコシステムのエピゲノムを撹乱させていることを示唆しています。がん組織エコシステムにおいては、血管内皮や免疫細胞のエピゲノム撹乱に伴う表現系の変化が、がんの転移能や薬剤耐性に関わっていることが報告されています。加齢や慢性炎症の他にも、エピゲノムを撹乱する要因が存在し、これらへの過剰な曝露を防ぐことが、がんなどの疾患予防の新たな戦略のひとつとなると考えられます。よって、そのような要因を検出し、評価する研究の加速が期待されています。

 

略歴

2000 3月 東北大学農学部 卒業

2002 3月 東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程(塩田邦郎教授) 修了
2005
3月 東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程(塩田邦郎教授) 修了
 博士号(農学)取得

2004 4月 日本学術振興会 特別研究員(DC2

2005 4月 日本学術振興会 特別研究員(PD

2006 4月 東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教

2008 4月 国立がんセンター研究所発がん研究部(牛島俊和分野長) 
リサーチレジデント

2011 4月 国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野(名称変更) 研究員

現在に至る

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