一般発表        

座長 伊吹裕子(静岡県立大 環境科学研究所)

 

1.「培養哺乳動物細胞を用いた高感度DNA脱メチル化剤検出系の開発」

 

大河内(高田) 江里子、牛島俊和(国立がん研究センター研究所・エピゲノム解析分野)

 

DNAメチル化異常は発がんに深く関与するのみならず、近年、多くの後天的疾患への関与が示されている。

しかし、その誘発因子に関する知見は限られている。また、近年では、がんにおけるエピジェネティック

治療に用いる薬剤が注目されており、脱メチル化能を有する薬剤もそのうちの一つあるが、その数は非常に

少ない。これらの数が少ない理由として、DNAメチル化異常を誘発する要因を効率的に同定する系がないこと

が大きい。我々は、培養哺乳動物細胞を用いてDNA脱メチル化剤の検出が可能であることを以前に示した(Okochi

-Takada et al., Mutat. Res., 2004)。今回、より高感度なDNA脱メチル化剤検出系を開発したので報告する。

まず、低濃度のDNA脱メチル化剤 5-aza-2'-deoxycytidine (5-aza-dC)により容易に脱メチル化される強力な

内在性遺伝子プロモーター領域CpGアイランドを同定、ゲノム領域をクローニングした。次に、マーカー遺伝子

としてルシフェラーゼ遺伝子及びEGFP遺伝子を転写開始点直下に挿入したベクターを構築、ヒト大腸がん細胞株

に安定に導入した。更に、83個のクローンを分離し、5-aza-dCによりプロモーター領域が脱メチル化され、強い

発光と蛍光が観察されるクローンを選別した。最終的に得られたクローンは高いシグナル-ノイズ比を示し、新規脱

メチル化剤同定を目的としたハイスループットスクリーニングへの応用が可能である。

 

2.フリーラジカル機構によるDNAのメチル化マーカー、m8dA、m8dGの分析

 

河井一明1、宋 明芬、李 云善、服部友美2、松田知成2、葛西 宏1, 3

1産業医大・職業性腫瘍学、京大・流域圏総合環境質研究センター、OHG研究所

 

発がんプロモーターであるクメンハイドロパーオキシドを鉄イオンと共にマウスの皮膚に塗布し、フリーラジカル機構

によるDNAメチル化のマーカー、8-メチルデオキシアデノシン(m8dA)ならびに8−メチルデオキシグアノシン(m8dG)

をLC-MS-MS法により分析した。その結果、m8dAとm8dGのいずれもマウス皮膚DNAから検出された。メチルラジカ

ルは、m8dA、m8dGを生成するのと同様に、デオキシシチジンから5−メチルデオキシシチジンも生成する。今回のin

vivo における結果は、メチルラジカルを介したシトシン5位のde novo DNAのメチル化が、フリーラジカル機構による

エピジェネティック発がんに関わる可能性を示唆する。

 

シンポジウム

~胚性幹細胞を用いたエピジェネティクス研究~

 

Ⅰ.機能解析             座長 須藤 鎮世(就実大学 薬学部)

  1. 「多能性幹細胞からのオレキシン神経誘導における栄養感受性因子Sirt1, OgtおよびMgea5による多重エピジェネティック制御」

 

早川 晃司(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻細胞生化学研究室)

 

世界中で創薬開発や再生医療を目的に、iPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞から、様々な神経細胞が作り出されてきた。オレキシンは睡眠・

覚醒および摂食行動の制御を司る神経ペプチドである。様々な疾病や老化に伴いオレキシン神経細胞が減少することが知られている。オレキシン

神経細胞がどのようにできるのか不明で、これまでに多能幹細胞からの作出に成功していなかった。

本研究では、マウスES細胞から神経細胞を分化誘導する際に、糖代謝中間体を加えた。その結果、中間体の1つであるN-アセチルマンノサミン

(ManNAc)を添加するとオレキシンを作る遺伝子(Hcrt遺伝子)が発現することが明らかになった。従来の培養方法で作った神経細胞では、Hcrt

遺伝子の制御部分には様々な抑制性の因子(ヒストン脱アセチル化酵素Sit1、および糖転移酵素 Ogt等)が結合しており、DNAがメチル化され

遺伝子を利用できない状況にあることがわかった。一方、ManNAcを加えるとDNAの脱メチル化が進み、ヒストンのアセチル化を促進することで、

Hcrt遺伝子が利用できる状況が出来上がった。この時、Hcrt遺伝子の制御部位に結合していた抑制性因子(SirtとOgt等)は促進性因子(脱糖修飾酵素

Mgea5等)に置き換わっていた。このようにして作られた神経細胞は脳内のオレキシン神経細胞で見られる他のマーカー遺伝子も発現していること、

また他の神経ペプチドであるレプチンやグレリンなどに反応しオレキシンを分泌する能力があることも明らかになり、オレキシン神経細胞であることが

確認された。

細胞の分化にはエピジェネティック状況を変えることが必要になるが、ManNAcにはエピジェネティクス機構に働きかけオレキシン神経細胞を誘導する

働きがあることが明らかになった。糖代謝中間体がエピジェネティクスに影響を与え、細胞の分化を制御するということは糖代謝と脳機能の面からも興

味深い。以上本研究よりオレキシン神経細胞の作出に成功し、同神経細胞への分化のメカニズムも明らかになったことにより、食欲改善、睡眠障害、モ

チベーションの回復などの治療薬、再生医療への道が開けた。

-------------------------------------------------------------------------------   早川晃司(はやかわ こうじ)先生ご略歴

平成19年4月から22年3月

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻博士課程(担当教官:塩田邦郎教授)

平成22年4月から24年3月

東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員 (受入研究者: 塩田邦郎 教授)

平成23年11月から24年1月

アルバートアインシュタイン医科大学(ニューヨーク、アメリカ) リサーチフェロー (受入研究者: John Greally博士)

平成24年4月から現在   

東京大学大学院農学生命科学研究科  特任助教

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.Dynamic changes in DNA methylation status associated with development of embryos and germline cells in the mouse

 

Kuniya Abe

 

Technology and Development Team for Mammalian Genome Dynamics

RIKEN BioResource Center

 

Changes in nuclear organization and the epigenetic state of the genome are important driving forces for developmental gene

expression. However, a strategy that allows simultaneous visualiza- tion of the dynamics of the epigenomic state and nuclear

structure has been lacking to date.We established an experimental system to observe global DNA methylation in living mouse

embryonic stem (ES) cells.The methylated DNA binding domain (MBD) and the nuclear localization signal (nls) sequence coding

for human methyl CpG-binding domain protein 1 (MBD1) were fused to the enhanced green fluorescent protein (EGFP) reporter

gene, and ES cell lines carrying the construct (EGFP-MBD-nls) were established.The EGFP-MBD-nls protein was used to follow

DNA methylation in situ under physiological conditions.We also monitored the formation and rearrangement of methylated

heterochromatin using EGFP-MBD-nls. Pluripotent mouse ES cells showed unique nuclear organization in that methylated centromeric

heterochromatin coalesced to form large clusters around the nucleoli. Upon differentiation, the organization of these

heterochromatin clusters changed dramatically. This experimental system should facilitate studies focusing on relationships

between nuclear organization, epigenetic status and cell differentiation.

With the goal of understanding the epigenetic regulation required for germ cell-specific gene expression in mice, we used a

microarray-based method to perform a chromosome-wide assay of DNA methylation for a small number of developing germ cells.

Cluster analysis of DNA methylation data from primordial germ cells and stem cell lines revealed differences in DNA methylation

profiles between these cell types. Among the differentially methylated sites thus identified, we focused on a group of genomic

sequences hypomethylated specifically in germline cells as candidate regions involved in the epigenetic regulation of germline gene

expression. These hypomethylated sequences tend to be clustered, forming large (10 kb to ~9 Mb) genomic domains particularly

on the X chromosome of male germ cells. Most of these regions, designated here as large hypomethylated domains (LoDs), correspond

to segmentally duplicated regions that contain gene families showing germ cell- or testis-specific expression, including cancer testis

antigen genes. We found an inverse correlation between DNA methylation level and expression of genes in these domains. Most LoDs a

ppear to be enriched with H3 lysine 9 dimethylation, usually regarded as a repressive histone modification, although some LoD genes

can be expressed in male germ cells. It thus appears that such a unique epigenomic state associated with the LoDs may constitute a

basis for the specific expression of genes contained in these genomic domains.  

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阿部訓也(あべ くにや)先生ご略歴

昭和58年3月  筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了      理学博士の学位取得

昭和58年4月 日本学術振興会 奨励研究員

昭和58年9月 米国スローンケタリングがん研究所 研究員

昭和62年1月 米国テキサス大学オースチン校動物学部 研究員

平成元年2月  ERATO古沢発生遺伝子プロジェクト研究員、グループリーダー

平成 3年10月 熊本大学医学部附属遺伝発生医学研究施設 助教授

平成12年4月 熊本大学・発生医学研究センタ−助教授

平成14年1月 理化学研究所筑波研究所バイオリソースセンター

       動物変異動態解析技術開発チームチームリーダー

平成15年8月 筑波大学大学院生命環境科学研究科 教授 

平成20年4月 理化学研究所バイオリソースセンター 副センター長

          現在に至る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ⅱ.検出系            座長  大鐘 潤明治大学農学部 生命科学科

 

3.「環境エピゲノム研究におけるケミカルバイオロジー」

 

中尾 洋一 (早稲田大学 理工学術院)

 

幹細胞生物学、エピジェネティクス、ケミカルバイオロジーの接点から、我々は生命機能の多くが化学的な反応によって制御されており、その制御機構

は容易にさまざまな化学物質によって影響を受けることを学んできた。この事はとりもなおさず、さまざまな化学物質に囲まれて生活しているわれわれ

の生活の安全性について再確認する必要性があることを示唆している。

たとえば、昨年3月の東日本大震災では、津波によって多くの尊い命が失われると同時に、倉庫、工場、変電所、ガソリンスタンドなど様々な施設も大き

なダメージを受けた。近隣住民の不安と恐怖を最も強く呼び起すことになったことのひとつが原発の事故であるが、津波によって破壊された他の施設から

も様々な化学物質が環境中に流出し、また、津波自身も長年にわたって海底に堆積してきた化学物質を大量に陸上へと巻き上げたであろうことも容易に

想像できる。放射能の危険性は簡易的なカウンターを用いることで一般の人もある程度把握することが可能であるのに対して、環境中にひろがった化学物質の

危険性については、その危険性を適切に評価する検査法の確立が遅れているため、どれだけ危険であるかは専門家であっても正確に把握することは難しい。

特に、環境因子と呼ばれる化学物質の中には、即効性の毒性だけではなく数世代にわたる長期間の影響を及ぼす危険性が指摘されるものもあるため、震災被害

地においてどのような化学物質が拡散し、それらによってどのような長期的影響が懸念されるかについて調査を行う必要がある。

このような観点から、幹細胞生物学、エピジェネティクス、ケミカルバイオロジーを融合させた環境ケミカルバイオロジーとでも呼ぶべき、新たな研究分野を

実践の場とする環境問題への取り組みについて紹介したい。

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中尾 洋一(なかお よういち)先生 ご略歴

1994年 東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了 博士(農学)、1994-1996年 ハワイ大学化学科 博士研究員(P. J. Scheuer教授)、

1996-2004年 東京大学大学院農学生命科学研究科助手、2004-2007年 同講師、2007-2012年早稲田大学先進理工学部化学・生命化学科准教授、

2012年より 同教授(現職)、2007-2013年 早稲田大学総合研究機構ケミカルバイオロジー研究所所長、2013年4月より 早稲田大学重点領域研究機構 

東日本大震災復興研究拠点・先端環境医工科学研究所所長(予定)

 

 

 

 

 

4.「マウス及びヒト胚性幹細胞からの神経分化モデルを用いた胎生プログラミング異常の検出」

 

曽根 秀子  ((独)国立環境研究所環境リスク研究センター曝露計測研究室)        

 

妊娠期の化学物質曝露の影響をスクリーニングする系は少なく、胚性幹(ES)細胞や人工多能性細胞の分化系を利用するモデル系が、安全性評価

や薬効探索に有用であると考えられており、活発な研究が進んでいる。環境化学物質の発生への影響評価研究においても、化学物質に感受性の高い

胎児期での化学物質影響評価は重要な課題のひとつである。このような背景の中で、胚性幹(ES)細胞から神経細胞への分化過程は、多段階であり、

分化系を活用した化学物質の安全性評価法の標準化には、様々な実験条件の検討が必要である。しかしながら、多様な分化の過程を再現性よく評価で

きる実験系はまだ発展途上の段階にある。したがって、これら多能性細胞からの神経細胞への分化系を活用した化学物質の安全性評価や薬効の探索

プロトコルの標準化のためには、いまだ多くの基礎検討が必要である。我々は、2007-2009年の間、環境省技術開発推進費による「マルチプロファイ

リング技術による化学物質の胎生プログラミングに及ぼす影響評価手法の開発」を実施した。このプロジェクトでは、マウスES細胞の多能性に着目し、

発達段階における胎生期曝露が及ぼす晩発影響を検出するモデルとして、神経細胞系列の分化に対するさまざまな化学物質の影響を評価するための培養

系を確立するとともに、初期胚曝露直後に得られる遺伝子発現データ及び分化後の細胞形態データを確率推論モデルのひとつであるベイジアンネット

ワークによって解析することで、神経発生毒性の予測手法の提案を行った。その成果について紹介する。さらに、ヒトES細胞からの神経分化系を用いて、

催奇形性物質として知られているサリドマイドの曝露の時期を発生初期と後期の違いでどのように神経細胞系列の細胞形態変化とメチオニン代謝の影響

に変化を及ぼすのかについて解析した。この結果についても合わせて紹介する。最後に、ヒトES細胞から神経分化発生時期に関係したノンコーディング

RNAやゲノム修飾関連の遺伝子発現変動と環境要因の特徴性について我々の最近の知見を紹介する。

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曽根秀子(そね ひでこ)先生ご略歴:

1983年 東邦大学大学院薬学部修士卒業

1983年 (株)ツムラ薬理研究所

1989-1992年 国立がんセンター研究所発がん研究部

1993年 東邦大学大学院薬学部 博士取得 

1994年  国立環境研究所地 地域環境研究グループ 主任研究員

2002-2005年 米国国立環境健康科学研究所リサーチフェロー

2005年 国立環境研究所 環境リスク研究センター

健康リスク評価研究室 主任研究員

2013年 国立環境研究所 環境リスク研究センター

曝露計測研究室 室長

 

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