エピジェネティック異常を誘発する物質;Epimutagen

                                           大河内 (高田) 江里子 (国立がんセンター研究所 発がん研究部 )

    エピジェネティックな情報は、細胞分裂後もそのまま保存される塩基配列以外の情報であり、DNAのメチル化とヒストン修飾がその主なものである。ゲノム上の約半数の遺伝子はプロモーター領域にCpGアイランド (CGI) をもち、プロモーター領域CGIのメチル化は遺伝子の転写抑制 (サイレンシング) をする。その機序として、転写因子のDNAへの結合阻害に加え、メチル化DNA結合タンパクを介するクロマチン構造の変化が知られている。正常細胞では、LINEやAlu等の繰り返し配列はメチル化状態に、また、大部分のプロモーター領域CGIは脱メチル化状態に保たれている。一方、がん組織には、がん抑制遺伝子を含む、多くの遺伝子のプロモーター領域CGIの異常メチル化によるサイレンシングが認められる。最近、一見正常に見える組織にもDNAメチル化異常が蓄積しており、エピジェネティックな発がんの素地 "epigenetic field defect" を形成していることもわかってきた。さらに、エピジェネティック異常は、後天性神経疾患や代謝異常等にも関係している可能性が強く示唆されている。

     エピジェネティック異常、特にDNAメチル化異常は、加齢や、ウイルス感染・ピロリ菌感染などの慢性炎症によって誘発されることが知られているが、その分子機構はわかっていない。エピジェネティックな異常を引き起こす物質をepimutagenと呼ぶが、ヒトの健康被害にエピジェネティック異常が密接に関与しているにも関わらず、epimutagenに関する知見はごく限られている。その理由として、epimutagenを効率的に検出する系がなかったことが大きい。現在までに知られているepimutagenは、抗がん剤としても用いられているシチジン類似体、抗てんかん剤valproic acidや麻酔薬procaine等の薬剤、ヒ素化合物やニッケル化合物等がある。最近、内分泌攪乱物質の中にもエピジェネティック異常誘発作用をもつものがあること報告され、継世代毒性の問題として注目されている。本研究会では、これまでのepimutagenに関する知見を総括したい。

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