S3 「エピジェネティクス―環境変異原研究の新しい展開―」 ホームへ

座長 伊吹祐子(静岡県大)・高田江里子(国立がんセンター研)

伊吹祐子・高田江里子       「このシンポジウムの目指すもの」

塩田邦郎(東大・生命農学)    「環境から遺伝子へのエピジェネティクス経路」

牛島俊和(国立がんセンター研)  「エピジェネティックな発がん要因」  

大迫誠一郎(東大・医)  「ダイオキシンの胎生期曝露による生後の化学発癌感受性亢進と エピゲノム変化」

長尾哲二(近大・理工)    「環境化学物質の継世代催奇形効果とエピジェネティクス」

澁谷 徹("Tox21"研)       「環境ゲノミクス試験・研究のこれから」

日本環境変異原学会第38回大会シンポジウム
「エピジェネティクス−環境変異原研究の新しい展開−」を終えて

 2009年11月26日(木)から二日間、静岡市で開催された日本環境変異原学会第38回大会にて、本シンポジウムが開催された。「環境変異原研究の温故知新」をコンセプトに開催された本大会にふさわしい、環境変異原研究の今後の方向性を指し示す密度の濃い内容であった。
 

塩田邦郎先生(東京大学大学院・農学生命科学研究科)には、「エピジェネティクス−環境変異原研究の新しい展開」というタイトルで、シンポジウムの導入部として、エピジェネティクスの基礎的な考え方について講演して頂いた。Genomeからtranscriptome、proteomeに至るまでに、epigenomeがどのように位置し、どのような役割を果たしているか、epigenomeがある時は安定に、また、場合によっては不安定になり、様々なヒトの疾患にエピジェネティック異常が関与している可能性がある点を、大変分かりやすくお話し頂いた。今回のシンポジウムでは導入部としての講演を御願いしたが、エピ変異原に関する最先端の研究内容も一部紹介され、大変興味深かった。

牛島俊和先生(国立がんセンター研究所・発がん研究部)には、「DNAメチル化異常の誘発要因と誘発機構」というタイトルで、がんにおけるエピジェネティック異常とその誘発要因にはどのようなものがあるか、さらに、今後の重要な課題である、エピジェネティック異常を起こす物質“エピ変異原”を検出する系について講演して頂いた。鋭敏なDNA脱メチル化剤の検出系を構築し、現在、化学物質のスクリーニングを行っている最中であるとのことであった。Ames試験のように簡便なエピ変異原を検出する系ができれば、発がん性を有する非変異原物質の作用機序などに多くの知見を与えることとなり、本学会においても期待がかかる分野である。

大迫誠一郎先生(東京大学大学院医学系研究科・疾患生命工学センター)、並びに、長尾哲二先生(近畿大学理工学部・生命科学科)には、環境トキシコロジーにおいて極めて重要な、環境汚染物質の胎生期暴露の問題の観点から講演して頂いた。大迫先生は「ダイオキシンの胎生期曝露による生後の化学発癌感受性亢進とエピゲノム変化」というタイトルで、胎生期にダイオキシンに暴露された成熟マウスでは、ヒストン修飾変化及びCYP1A1のDNA低メチル化が誘発され、CYP1A1 mRNA発現誘導が起こることを報告された。また、環境汚染物質の胎生期暴露が器官発生過程において、エピゲノム変化をもたらす可能性についてお話になった。長尾先生は「環境化学物質の継世代催奇形効果とエピジェネティクス」というタイトルで、ジエチルスチルベストロール等の合成エストロゲンの胎生期暴露によって、DNAメチル化転移酵素のmRNA発現亢進、さらにはDNAメチル化亢進が起こることを報告され、これら非変異原物質のエピ変異原物質としての継世代催奇形効果の関与について講演された。胎生期はエピゲノムがダイナミックに変化する時期であり、この時期の化学物質暴露によるエピジェネティック異常誘発については、今後、本学会でも取り上げるべき重要な課題であろう。

本シンポジウムの最後には、環境エピゲノミクス研究会代表幹事として澁谷徹先生(“Tox21”研究所)に、「Epigenetic Toxicologyの構築」というタイトルで、環境変異原研究におけるエピジェネティクスの必要性について講演して頂いた。結びでは、これからの環境トキシコロジーは、変異原性とエピ変異原性と生物学的時間との三つの因子による三次元的な解釈が必要であるという点を強調された。

また、途中には、葛西宏先生(産業医科大・職業性腫瘍学)から、メチルラジカルによりシトシンC5位のメチル化が生じることを見いだしたことが報告された。外因性・内因性に発生した活性酸素種によるエピジェネティック異常誘発の可能性を示す新しい知見として、今後の研究の進展が期待された。
 本シンポジウムは、これまでの日本環境変異原学会シンポジウムの中でも最も新しい分野に焦点を当てたものであり、今後の環境変異原研究のあり方に一石を投じる極めて有意義な会であったと感じる。今後は、具体的な実験手法を広め、環境トキシコロジーの分野が益々盛んになることにより、国民の健康被害の原因究明とその予防に少しでも貢献できることを願っている。

座長
高田江里子(国立がんセンター研究所・発がん研究部)
伊吹裕子(静岡県立大学・環境科学研究所)

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