私の研究の旅:GeneticsからEpigeneticsへ

                    “Tox 21” 研究所  澁谷 徹

4. マウス始原生殖細胞のENUによる突然変異の誘発 前編

私の食品薬品安全センターでの主要な業績である「マウス始原生殖細胞のエチルニトロソ尿素(ENU)による突然変異の誘発)は、

この博士課程での「発生遺伝学」の研究から大きな影響を受けているものと思います。

「始原生殖細胞(PGC)」とは脊椎動物で生殖細胞(卵子および精子)の根源となる細胞で、すでに胎生期に他の体細胞とは分岐

して発生・分化してきます。「マウス始原生殖細胞の突然変異の誘発」は、マウス変異遺伝学での長年の重要な研究テーマの一つ

であり、すでに、M.F. Lyon(英国Medical Research Council; MRC・X染色体の不活性化Lyonizationの提唱者)や特定座位試

験を考案したA.G. Searle(MRC)などが放射線を用いて挑戦しましたが、おそらく放射線では、「DNA損傷」が広範囲にわたる

ため、F1以降の世代が得られにくく、これまで明確な陽性結果が得られなかったという経緯を論文作成の段階で知りました。どう

も私は研究課題に取り組む場合に、十分にその分野の論文を読まないという悪い癖があるようです。

私は日本環境変異原学会 (JEMS)に入会以来、会員のほとんどは、「化学物質の変異原性と発がん性」との関連性に興味を持って

いましたが、私は大学院時代に遺伝研で研究生をしていた経緯もあり、また当時遺伝研・形質遺伝部長(後に所長)の田島彌太郎

先生からもご教示をいただき、また前述の賀田恒夫変異遺伝部長のおすすめもあり、学会ではまったく少数派であった「哺乳類の

生殖細胞の突然変異」の問題を研究テーマとして選びました(5,6)。

現在、JEMS学会内に生殖細胞について試験・研究している学会員がほとんどおられないことはさみしいことです。当時センター

の遺伝学研究室には、田中憲穂さん(現研究顧問)と加藤基恵さん(現チリ・サンチャゴ大学教授)の染色体研究グループと私と

室田哲郎さんの遺伝子研究グループとがあり、切磋琢磨して研究に励んでおり、染色体グループもマウスの受精直後のアルキル化

剤による、染色体異常と発生異常との関係について、世界的な業績を挙げていました。今にして思えば補助員を含めたたった6人

の人員で世界的なレベルの研究成果を上げていたことになります。余談ですが、東京での第3回国際変異原会議(ICEM)で、Muta-

tion Research誌の創立者のF.Sobel教授が、 前日田中さんたちが発表した内容を、多くの発表者が引用したので、いきなり立ち

上がり”Tanaka, Who”の叫んだのを目の当たりにしました。

 1979年にアメリカOak Ridge National Laboratory (ORNL) のW. L. Russell博士(Bill)が、ENUがマウス精祖細胞(成体で

の精子の大元の細胞)に対して、放射線よりも高い頻度で塩基置換(DNA塩基の置き換え)を誘発することをPro. N. A. S誌に発

表したことは、私に大きな衝撃を与えました。そこで「ENUによるマウスPGCの突然変異の誘発」についての研究を「マウス特定

座位試験」を用いて開始しました。この試験は毛色遺伝子が優性である親マウス(雌あるいは雄)のさまざまな発達時期の生殖細

胞に被験物質を投与し、劣性ホモマウスと交配して、産まれてきたF1の毛色の変化から、誘発された劣性突然変異を検出するもの

で、結果を出すには膨大な子供を調べることが必要です(7)。PGCにおいては、得られたF1をもう1世代交配して得られたF2を

調べることになります(8)。私はこの試験で対照群を含めて約10万匹のF1マウスを調べました。この数はおそらくは日本記録で

すが、今では動物倫理上許されない試験であるかも知れません。今では国立衛研の元変異遺伝部長の能美健彦さんが中心となって

開発されたgpt ⊿マウスによって、細胞レベルで生体内の突然変異が容易に検出できるようになりました。

この開発には当時センターに在籍していた加藤基恵氏が貢献したことから、上司であった私が共著者になっていることはいささか

面映ゆいことです。

関連文献

5.澁谷 徹:化学物質の遺伝毒性、化学品安全、6: 39-47, 1988

6.澁谷 徹:変異原性と遺伝毒性、続医薬品の開発、「第11 巻, 医薬品の変異原性・遺伝毒性」, 広川書店 東京 pp365-377、1991

7.澁谷 徹:マウスを用いる特定座位試験. 続医薬品の開発、「第11巻, 医薬品の変異原性・遺伝毒性」, 広川書店 東京 pp74-83、1991

8.澁谷 徹:遺伝子突然変異を検出する方法. 「抗変異原性・抗発がん性の検出法」

講談社 東京 pp397-405,  1995

澁谷 徹 259-0312 神奈川県足柄下郡湯河原町吉浜1933-45

 ”Tox21"研究所主宰

 日本環境変異原学会名誉会員  日本エピジェネティクス研究会会員

 環境エピゲノム研究会前代表幹事

  Tel/Fax : 0465-63-8867

  Mail address : to-shibuya@amber.plala.or.jp

   “Tox21”研究所:t-shibuya.tox21@zpost.plala.or.jp

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