私の研究の旅:GeneticsからEpigeneticsへ

                    “Tox 21” 研究所  澁谷 徹

4. マウス始原生殖細胞のENUによる突然変異の誘発 後編

 この試験に必要な毛色が劣性ホモに固定されたテスター系マウスは、土川清先生(元遺伝研・変異遺伝部)が確立された近交系のPW系統を

分与いただき、動物業者によってSPF化された後に大量に実験に用いました(9)。

これに要した研究費(ほとんどが動物代および飼料代)は当時の厚生省の委託研究費から出ており、これをふんだんに使うことができたのは、

当時の副所長の岩原繁雄先生(元国立衛研・衛生微生物部長)のご尽力の賜物でした。先生はJICAによるPhilippineの衛生試験所の設立に単

身で赴かれ、残念なことに帰国後まもなく、膀胱がんで亡くなられました。生前先生には何もお返しが出来なかったことがいまでも悔やまれ

ます。 先生はいつも「好きなことをやってごらん」と言ってくださいました。また遺伝研の土川先生を月に一度ぐらいに訪問し、研究上の情

報交流をした後に、三島の街で美味しい料理とお酒をご馳走になり、カラオケを一緒にしたことも懐かしい思い出です。時には先生の奥様もご

一緒されました。 そのとき同行した育種学研究室の後輩の室田哲郎氏は、お酒も飲まずに車で往復してくれました。

 彼は三菱化成に転出後、ENUによるマウスhemoglobin遺伝子の突然変異誘発の研究で、昭和大学から医学博士号を授与されました(10)が、

残念なことに脳腫瘍のため早逝されました。ENUによるPGCの突然変異誘発研究も初めは彼との共同研究から始まったことも懐かしい思い出で

す。 ちなみにBill先生もこの実験を実施されたのですが、先生はマウスの12.5.日胚のPGCについてのみ実験を行われました。

この時期はPGCの性分化が起きる時期で重要であると考えられたことがその理由でした。結果として、先生の実験ではわずかに陽性の結果が得

られに過ぎず、実験は途中で打ち切られ、その結果は所内報に発表しただけということをお聞きしました。私はマウスの発生8.5,10.5あるい

は13.5日胚PGCにENUを妊娠メスマウスに腹腔内投与する実験を行いました。この投与時期は、以前行ったマウススポットテスト(放射線や化

学物質による体細胞の突然変異や細胞死をF1個体の毛色の変化によって観察する試験(14,15)で、試験物質を10.5日胚に投与したことが

その理由でした。私は得られたF1の同腹の雄雌を同じケージでずっと飼育していました。

すると対照群からF2が生まれだし、投与容量が高くなるほど、F2の誕生が遅くなることを偶然に発見しました。早速解剖してみると、ENUの用

量の増加に伴って精巣が小さくなっていることが確認できました。そこで、前述のBill先生の「ENUによる精祖細胞の突然変異試験」の結果を思

い出し、ENUによってPGCでは突然変異が誘発されることを確信しました。

実施してみると結果は明瞭で、PGCの細胞数が少ない8.5及び10.5日胚投与での突然変異頻度は有意に高く検出されましたが、性分化時期の13.5

日胚ではやっと陽性結果が得られる程度でした(13,14)。

これにはPGC細胞数が少ないことによるクラスター効果が関わっており、数学的な分析をすれば面白い考察ができたものと思いますが、残念なが

ら数学に堪能ではない私には荷が重すぎ、これ以上解析できませんでした

1989年のClevelandでの第5回国際変異原学会(ICEM)で私とBill先生のポスターは背中合わせでした。Billは私のポスターを興味深く見て、もっと

早い時期に投与すれば良かったのかとつぶやいておられました。ちなみにスポットテストでの最適な投与時期のマウス10.5日胚はLian B. Russell

博士(Lee、Bill先生が再婚されたオーストリア出身の研究者)が推奨したものでした(11)。

また、マウススポットでアルキルニトロソ尿素の中でENUに次いで誘発頻度が高かったN-propyl-N-nitrosourea (PNU)については、室田君によっ

て特定座位試験で陽性の結果が得られ、Mutation Researchに発表し、PNUはマウス精祖細胞に突然変異を誘発する5番目の化学物質して認定され

ました(16)。

関連文献

9.澁谷 徹:土川先生のPWマウス、「先達土川 清の蒔いた種とそのみのり」土川記念基金論文集」40-42,2002

10. T. Murota, T. Shibuya and K. Tutikawa: Genetic analysis of an N-ethyl-N-nitorsourea-induced mutation at the hemoglobin locus

in mice. Mutation Res. 104: 317-321. 1982

11. 澁谷 徹:マウススポットテスト. 変異原と毒性:5、169-176、1982

12. Shibuya, T. Murota and K. Tutikawa: Mouse spot tests with alkylnitrosoureas. Mutation Res. 104: 311-315, 1982

13. Shibuya T., Murota T., Horiya., N. Matsuda Y., and Hara T. : The induction of recessive mutations in mouse primordial germ cells

with N-ethyl-N-nitrosourea. Mutation Res. 290, 235-240, 1993

14. Shibuya T., Horiya N., Matsuda Y., Sakamoto, K., and T. Hara : Dose-dependent induction of recessive mutations with N-ethyl-N-

nitrosourea in primordial germ cells in mice. Mutation Res. 357, 219-224. 1996.

15. 澁谷 徹:ENUによるマウス始原生殖細胞の突然変異誘発、秦野研究所年報、26、19-35 2003

16. Murota, T, and T. Shibuya: The induction of specific locus mutations wirh N-propyl-N-nitrosourea in stem cell spermatogonia in

mice. Mutation Res. 278: 113-115,1991

澁谷 徹 259-0312 神奈川県足柄下郡湯河原町吉浜1933-45

 ”Tox21"研究所主宰

 日本環境変異原学会名誉会員  日本エピジェネティクス研究会会員

 環境エピゲノム研究会前代表幹事

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  Mail address : to-shibuya@amber.plala.or.jp

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