環境ストレスとEpigenetics           

     伊吹裕子 (静岡県立大学・環境科学研究所)

     エピジェネティック変化、中でも核内クロマチンの構造変化は特定の遺伝子群の誘導もしくは抑制を引き起こし、細胞の増殖、分化、死にかかわっていることが明らかになっている。ヒストンはクロマチンを構成する主要蛋白質であり、4種のコアヒストン(H2AX, H2B, H3, H4)は進化上最も保存されている。それらは、リン酸化、アセチル化、メチル化など修飾を受け、クロマチン構造を変化させる。特にヒストンのアセチル化は、遺伝子の転写活性化に重要であり、そのアセチル化レベルはヒストンアセチル化酵素(HAT)とヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)により制御されているが、いくつかのがん組織においてHATの不活性化とHDACの異常な活性化によるヒストン脱アセチル化が観察されている。よって、HDACの阻害剤が抗がん剤として注目され精力的に研究されている。本日は、これまでに我々が得ているヒストン修飾に関するデータの中から、ヒストンのアセチル化を中心に、環境変異原研究分野におけるエピジェネティク変異の重要性について、私が今考えていることを話したいと思う。

    我々は、ここ数年、各種環境因子作用によるヒストンの修飾について検討を行ってきた。これまでに、数種の環境ストレスによりヒストンがアセチル化またはアセチルリン酸化されることを明らかにしている。例えば、紫外線照射は、照射後10〜30分にかけて高いヒストンH3のアセチル化を示し、多くの化学物質を含むタバコ煙などでも作用後30〜120分にかけてヒストンH3のリン酸化、それに伴うアセチル化が引き起こされる。また、ヒ素やニッケルがヒストンアセチルリン酸化やメチル化を誘導することが幾つかのグループから既に報告されているが、毒性学の分野においてヒストン修飾に関する報告は非常に少ない。

     一方、HDAC阻害剤により、ヒストンを高アセチル化状態に保つことができるが、その状態で紫外線照射すると、紫外線照射により生成する傷であるピリミジンダイマーが修復されにくい。紫外線照射後にヒストンのアセチル化が引き起こされることは前述したが、このアセチル化が紫外線照射によってできるピリミジンダイマーに修復因子を引き寄せる目印であるという報告もあるため、ヒストンが高アセチル化していたら、修復の目印が区別できなくなってしまうため修復が阻害されると我々は推察している。よって、環境ストレスによるヒストン修飾の変化、特にアセチル化は、紫外線はもとより、様々な環境因子によるDNA損傷修復を変化させる可能性があり、環境変異原研究において今後検討すべき問題であると考える。

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