「環境エピジェネティクスと疾患」

日時:20211016日(土) 午後2時から5時まで

環境エピゲノミクス研究会(EEG)主催 健康エピジェネティクネットワーク・環境エピジェネティクス研究所(LEEG)共催

1.はじめに (5分)     堀谷 幸治(LEEG)               

 

2.環境要因曝露によるエピゲノム変異 (45分)

             牛島俊和 先生(国立がんセンター研究所エピゲノム解析分野)

                   座長:降旗 千惠(国立医薬品食品衛生研究所)

 

3.エピジェネティクスからみた養育環境〜発達障害疾患におけるDOHaD説〜 (45分)

             久保田健夫 先生(聖徳大学)

                   座長:服部 奈緒子(国立がん研究センター研究所)                          

休憩 (10分)                     


4.環境ストレスによる精子エピゲノム変化を介した遺伝 (45分)

           吉田圭介 先生・石井俊輔 先生(理化学研究所)    

                   座長:中島 裕夫 (大阪大学放射線科学基盤機構)

5.総合討論・総括 (30分)    座長: 澁谷 徹(LEEG)

 

講演要旨

 

1.環境要因曝露によるエピゲノム変異

           牛島俊和(国立がん研究センター研究所 エピゲノム解析分野)

 

 エピゲノムは同じゲノムをもつ細胞が、様々な組織の細胞に分化し、その状態を記憶するための装置である。DNAメチル化と、DNAが巻き付くヒストンのアセチル化・メチル化などがその実体である。各組織の細胞はそれぞれ固有のエピゲノムをもち、その細胞特有の遺伝子発現状態を維持している。同時に、エピゲノムは細胞環境の影響を受けて変化する。生理的には発生時に発生プログラムに従って整然と変化していく。加齢に伴い、DNAメチル化異常が徐々に蓄積することもよく知られる。これらに加え、特定の環境要因に曝露することでエピゲノムは攪乱される。我々は、ヘリコバクター感染者の胃粘膜にはDNAメチル化異常が高度に蓄積していて、その蓄積量は胃がんリスクとよく相関することを証明してきた[Takeshima, npj Precis Oncol, 3:7, 2019; Yamashita, Clin Epigenet, 11:191, 2019]。その仕組みとして、DNA脱メチル化酵素TETの発現低下とDNAメチル基転移酵素DNMTsの活性上昇が同時に誘発されることが重要であることも証明した[Takeshima, J. Clin Invest, 130:5370, 2020]。特に、DNMTsの活性上昇はnitric oxide (NO)によるもので、慢性炎症以外の環境要因曝露でもNOの産生増加はよく知られる。TETの補酵素としてビタミンCが必要なことも知られ、その欠乏もDNAメチル化異常につながるとされる。DNAメチル化異常に加えて、ヒストンアセチル化・メチル化の異常も発がんに重要と考えられ、特に細胞分裂時にも高精度に維持されると考えられているH3K27me3H3K9me3などの異常は疾患の原因となる可能性が高い。これらのエピゲノム異常は、環境要因曝露によるヒストンメチル化酵素やヒストン脱メチル化酵素の活性や発現の異常により誘発される可能性がある。ただ、これまでの研究の多くはbulkの細胞での遺伝子発現変化の解析で、変異原研究で行われるような稀な異常を高感度に検出することはほとんど行われていない。突然変異とエピゲノム変異の特性の違いを踏まえた上で、どのような検出戦略が有効なのか考えてみたい。

 

牛島 俊和先生 ご略歴 

1986年東京大学医学部医学科卒業、内科研修医、血液内科専修医を経て、1989年国立がんセンターリサーチレジデント。1994年、同室長、1999年、同部長、2010年から同エピゲノム解析分野長。21011-2014年、上席副所長。2020年から国立高度専門医療研究センター医療研究連携推進本部(JH)副本部長。

世界で最も早い時期にゲノム網羅的なDNAメチル化解析法を開発。その後、ヘリコバクターによるDNAメチル化異常誘発を発見、その分子機構の解明、臨床応用を行った。Cancer ResSenior Editor (2010-2017)Cancer LettSenior Editor (2013-)。ベルツ賞(2018)、高松宮妃癌研究基金学術賞(2018)。2011-2018 JST(AMED) CREST「疾患エピゲノム」研究開発副総括。

  

 

2.エピジェネティクスからみた養育環境〜発達障害疾患におけるDOHaD説〜

                            久保田健夫 (聖徳大学)

 

 

DOHaD(ドーハッド)とは成人病の起源は胎児期に遡るという学説である。具体的には、「妊娠中の栄養摂取不良により低栄養にさらされた胎児は体質が変化し肥満・糖尿病に罹患しやすい体質を獲得する」との知見から提唱されたものである。

そしてこのような胎児期の体質変化が環境エピジェネティクス変化であること、具体的には「低栄養環境下における肝臓内の脂質代謝関連遺伝子のエピジェネティックな変化」であることが動物実験と戦時中の飢餓期に生まれた集団の解析から明らかにされた。

この事例を皮切りに「ヒトの遺伝子は生涯安定なものではなく、DNAの化学修飾変化によって遺伝子の働きが変わること」が次々に示され、その1つが「生後まもなくの虐待(育児放棄)が子どもの脳の遺伝子にエピジェネティック変化をもたらし、遺伝子機能の変化が生涯にわたる行動異常を生じさせる」という「三つ子の魂百まで」の諺の生物学的理解である。

以上を踏まえ、本講演では、現代社会における後天性発達障害児の増加についてエピジェネティクスの切り口から考察し、そのような子どもたちに対する良き手立てや方策をエピジェネティクスの可逆性に基づいて、医療・保育・教育の立場から論ずる。

 

久保田健夫先生 ご略歴

 

学歴:

1979年 東京学芸大学附属高校卒業

1985年 北海道大学卒業

1991年 昭和大学大学院(小児科学専攻)修了

 

 

職歴:

1990年 昭和大学助手

1991年 長崎大学研究生

1993年 ベイラー医科大学研究員

1994年 国立衛生研究所(NIH)研究員

1996年 シカゴ大学研究顧問

1997年 信州大学助手

2000年 国立精神・神経医療研究センター室長

2003年 山梨大学教授

2017年 聖徳大学教授

 

専門領域:小児科学・小児神経学

 

所属学会:日本小児科学会、日本小児神経学会、日本分子生物学会、日本DOHaD学会、

日本心理臨床学会、日本LD学会、日本こども環境学会、日本子ども健康科学会

 

 

著書

1.          Kubota T, Miyake K, Hirasawa T. 15: Epigeneticmodifications: genetic basis of environmental stress response. In"DNA Replication / Book 1”. Seligmann H (ed), pp. 271-288, Intech (Open Access Publisher), Rijeka (Croatia), 2011

2.          Miyake K, Hirasawa T, Koide T, Kubota T. Chapter 7: Epigenetics in autism and other neurodevelopmental diseases. In “Neurodegenerative diseases”. Advanced in Experimental Medicine and Biology 724. Ahmad SI (ed), pp91-98, Springer (Landes Bioscience), Austin, 2012

3.          Kubota T, Miyake K, Hirasawa T, Onaka T, Yamasue H. Chapter 10: Epigenetic Modulation of Human Neurobiological Disorders. In“Epigenetics in human disease”. Tollefsbol T (ed.), pp 193-203, Elisevier, Atlanta, 2012

4.          Kubota T, Miyake K, Hirasawa T. Section 4: Chromatin and Epigenetic Influences on DNA Replication, Chapter 13. The Mechanism of Epigenetic Modifications during DNA Replication. In"The Mechanisms of DNA Replication”. Stuart D (ed.), pp 333-350, Intech (Open Access Publisher), Rijeka (Croatia), 2012

5.          Kubota T, Miyake K, Hirasawa T. Chapter 3: Current Understanding of Epigenomics and Epigenetics in Neurodevelopmental Disorders. In" Epigenomics and Epigenetics”. Payne CJ (ed.), pp 77-96, Intech (Open Access Publisher), Rijeka (Croatia), 2014

6.          Kubota T, Hirasawa T, Miyake K. Chapter 24; Mental disorders and Transgenerational Epigenetic Inheritance. In"Transgenerational Epigenetics: Evidence and Debate”. Tollefsbol T (ed.), pp. 343-354, Elsevier (Academic Press), Atlanta, 2014

7.          Kubota T, Miyake K, Hirasawa T. Chapter 9.: Epigenome-wide association studies in neurodevelopmental disorders. Part II. Genome-Wide Studies in Disease Biology. In"Genome-Wide Association Studies. From Polymorphism to Personalized Medicine”. Appasani K (ed.), pp.123-135,Cambridge University Press, New York, 2016

8.          Kubota T, Mochizuki K. Chapter: Epigenetic Effects of Nutrients Involved in Neurodevelopmental and Mental Disorders. In “The Handbook of Nutrition, Diet and Epigenetics.” Vinood P, Victor RP (Eds.), pp.1-14,Springer Nature, 2017

9.          Kubota T, Fukuoka H. Preface. In “Developmental Origins of Health and Disease (DOHaD)” Advances in Experimental Medicine and Biology Volume 1012. Kubota T, Fukuoka H (Eds.),Springer Nature, 2018

10.        Kubota T. Preemptive Epigenetic Medicine Based on Fetal Programming. In “Developmental Origins of Health and Disease (DOHaD)”. Advances in Experimental Medicine and Biology Volume 1012. Kubota T, Fukuoka H (Eds.), pp.85-95,Springer Nature, 2018

11.        Kubota T. Chapter 9. Epigenetic involvement in fetal and neonatal origins of late-onset disease. Section II: Pregnancy/development/placental epigenetics. Epigenetics and Reproductive Health. Tollefsbol TO (Ed.), pp.179-190(全399p.,Academic Press, 2020

Kubota T. Biological Understanding of Neurodevelopmental Disorders Based on Epigenetics, a New Genetic Concept. Learning Disability. Learning Disability. IntechOpen Book Series, 2021 

 

 

 

 

 

 

3.環境ストレスによる精子エピゲノム変化を介した遺伝

                       吉田圭介・石井俊輔(理化学研究所)

 

 昨今の疫学的・実験的データから、親の受けた環境ストレスの影響が世代を超えて、次世代の表現型に影響することが示されている。例えば、遺伝的背景の一致した雄マウスを低タンパク質飼料で飼育した後に交配すると、次世代マウス個体では肝臓におけるコレステロール代謝系が変化する。この現象は、DNA配列変化を伴わない遺伝形式が存在することを示しており、環境ストレスによって精子に含まれる何らかのエピゲノム要素が変化し、それが子孫へと継承されたためと考えられる。こうした、親の環境要因に起因する次世代の表現型変化の分子メカニズムの解明は、進化学だけでなく、子供の疾患発症のリスク評価においても重要だと考えられる。本講演では、次世代の表現型に影響を与えうる精子エピゲノム要素と分子モデルについて解説すると共に、我々が最近見出した、ストレス応答性の転写因子ATF7によって制御される父親ストレスの遺伝メカニズムについて紹介する。

 

 

吉田圭介先生 ご略歴

 東京工業大学生命理工学部大学院・白髭克彦教授の研究室にて、「コヒーシンのゲノム局在の研究」で2010年に理学博士号取得。

 

2010年から2019年まで、理化学研究所・石井分子遺伝学研究室にて、「環境要因によるエピゲノム変化と遺伝」について研究を進める。

 

2019年から現在まで、同・バイオリソース研究センター・次世代ヒト疾患モデル研究開発チームにて、「遺伝要因による疾患表現型への影響」について研究中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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