ネット形式による環境エピジェネティクス交換会」

第3回ネット交流会 「非変異発がんとエピジェネティクス」

 2021年 6月19日(土)14:00-17:00  

・"Non-Genotoxic Carcinogen-Carcinogenesis is more than mutagenesis-"

                      津志本 元  (会員・元大塚製薬)

講演要旨:人類が「がん」に罹ったという記録は古く、170万年前のアフリカで見つかった化石の中にも骨肉腫の痕跡が認められると言います。しかし、

発がん物質の検索研究は比較的最近で、イギリスのポットは煙突掃除夫の陰嚢がんが煙突に付着したススにその原因であると考えました(1775年)。その

後、動物実験で多くの化学物質に発癌作用があることが判り、山極・市川両博士はタールをうさぎの耳に長期塗布することにより皮膚がんの発生を発表し

また(1915年)。放射線による皮膚がん・白血病誘発(1900年の最初の10年代)、ウイルスによる発がん(1970年代)、ピロリ菌による胃がん誘発(1979-

2002年)等、様々な物質がCarcinogenとなります。そんな中で1973年、UCバークレイで細菌のオペロンを研究していたAmes博 士は多くの化合物を

細菌の変異原性試験で調べ、 「がん原物質は変異原物質である」という論文を出しました。

一方、動物で発がん過程の素過程を研究していたイスラエルのBerenblum博士等は発がんにはInitiationとPromotionという素過程があることを提唱し

ていました(1943年)。 DMBAやB(a)PでInitiationが、クロトンオイルという植物油でPromotionがおこり、げっ歯類に皮膚がんを誘発できることを

証明しました。DMBAやB(a)Pは変異原物質ですが、クロトンオイルには変異誘発作用はなく、しばらくの間、クロトンオイルの作用は謎でした。そん

な中、Trosko博士等は動物培養細胞を用いた実験でクロトンオイルの主成分(TPA)は突然変異誘発時期よりも後で作用させることにより変異を増加させ

ることを見出し、その後の実験でTPAは細胞間のコミュニケーションを阻害することを確認しました。その頃Ames試験の結果で発がん性物質である農薬

にはAmes試験で陰性になる化合物があることが発表されました。私達はこの点に目をつけ、その農薬の変異原性の有無を動物細胞で調べ、また細胞間コ

ミュニケーション阻害について実験し、農薬が細胞間コミュニケーションを阻害するNon-Genotoxic Carcinogenであることを見出しました。

一方、Epigeneticsについては英国の動物発生学研究者のWaddington博士により、その概念が示されたのは1942年であり、ほぼ同時代に仏国のモノー

とジャコブは分子遺伝学研究おいてmRNAやオペロン説という細菌の転写回路を見出した時です。

現在ではNon-Genotoxic Carcinogenは多く見出されています。DNAの塩基配列の変化(変異)によらないで発がんを誘導する化合物の総称です。これら

の化合物の作用機作を概説し、下記の細胞模式図の主に細胞膜のGap Junctionを中心にし、さらに現代のEpigeneticsの研究域の簡単な紹介を行います。

図 Epigenetic作用を起こす細胞のサイト

「エピジェネティクス撹乱要因による発がん機構とその制御」

    服部奈緒子、牛島俊和  (国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野)

 一度遺伝子に生じた異常が、細胞分裂後も引き継がれることが発がんの原因のひとつとなっている。その異常は突然変異とエピジェネティック異常である。

エピジェネティクスを撹乱する要因としては、加齢や慢性炎症といった内在的なものが知られているのみで、外在的な要因に関してははほとんど研究されて

いない。しかしながら、食事や特定の環境要因への曝露がエピジェネティクスを変化させ、世代を越えて個体の形質に影響することも報告されている。また、

エピジェネティクス制御因子であるwriter, eraser, readerの阻害剤のなかには、天然化合物由来のものも多く開発されている。さらに、血圧降下剤としての

ヒドララジンや抗てんかん薬としてのバルプロ酸のように、ほかの標的を対象として開発・使用されていた薬剤がエピジェネティクスに影響する例も知られて

いる。つまり、環境要因や化学物質の中には、活性は弱いながらも、エピジェネティクスを撹乱するものが存在するのである。これらの要因への過剰な曝露を

防ぐことががん予防の戦略のひとつとなり、化合物展開によってはがん治療に利用できる可能性もある。本発表では、環境要因や化学物質の中にはどれだけの

エピジェネティクス撹乱要因が存在し、それらをどのように同定し、何を指標に評価していくのかについて議論したい。

 (質疑応答入れて40-50分)

・総合討論         

環境エピゲノミクス研究会 第3回ネット交流会 報告

日時: 2021年6月19日(土) 14:00~17:00

テーマ:「非変異発がんとエピジェネティクス」

 

 初めに津志本会員より、長年JEMSでも大きなテーマの一つであった非変異発がんについて

「発がん物質は変異原物質」という概念を覆す、クロトンオイル(TPA)のようにAmes陰性の非変異原物質でありながら、発がんを誘発する物質「非変異発がん物質」の発見の歴史的な紹介がありました。

 発がんはイニシエーションとプロモーションの過程があり、非変異発がん物質は主にこのプロ―モーションの役割を担い、イニシエーションを受けた細胞に可逆的な変化を誘導し、最終的には不可逆的な発がんに至らしめること、すなわち非変異発がん物質は発がんプロモーターであり、その作用を持つ化学物質の特性は、細胞間コミュニケーション阻害、薬物代謝酵素誘導、ホルモン様、免疫抑制などの作用から細胞増殖を導くものと考えられる。これらは近年その知見が急速に発展しているエピジェネティクスの観点・解析からその機構が解明されていくことを期待するが、大変に複雑なやりとりがあり、エピジェネティクスの提唱者Waddingtonのような俯瞰的な視野を持っていくことが大切との指摘がありました。

 

 服部奈緒子先生(国立がんセンター)からは、発がんに至るエピジェネティクスの異常を引き起こす機構としてwriter, eraser, readerといった各playaerの役割とその阻害などを例にわかりやすく解説していただき、さらにはその異常を回復させる新規抗ガン剤としてDNA脱メチル化剤/メチル化剤の探索状況をご紹介いただきました。また、栄養状態、環境ホルモン、農薬、医薬品などエピジェネティック変異を引き起こす攪乱機構にも触れられ、大変に興味深いご講演でした。

 

 総合討論では、服部先生に非変異発がんの機構がどこまでエピジェネテック解析ができているか質問があり、そのシグナル伝達の複雑さなどからまだまだ理解は不十分なことが示されました。

参加者から、環境化学物質の示すエピジェネティックな変異が必ずしも毒性的なものではなく、適応反応と考えられるのではないかといった考えが示されました。また、放射線によるがんの発生は直接変異を受けた細胞でなくその周辺細胞に誘発される現象、エピガロカテキンの抗がん作用などへのエピジェネティクス的解析、培養細胞を用いた形質転換試験へのエピジェネティック解析の適用などの問題提起・提案もあり、大変活発な議論が展開されました。

 ここに、演者の先生、ご参加いただいた方々に深く感謝いたします。

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